自身が創業したスタートアップで億単位の資金調達後、時を経て株式を買い戻す迄

このブログを書くに至った背景

つい最近、知人から自身の会社をクローズ(正確には株式買取)するに至ったプロセスや背景を詳しく知りたいという依頼がありまして、一通りの流れをお話しました。


その際に「こういった情報は他の起業家も知りたいと思います」という事だったので、ブログにまとめることとしました。


会社の来歴

まず簡単にですが、創業から資金調達、買い戻し迄の時系列を記載しておきます。

  • 2014年9月:創業
  • 2015年2月:1st round
  • 2015年12月:2nd round
  • 2017年5月:3rd round
  • 2018年6月:4th round
  • 2019年8月:5th round
  • 2022年12月:全株式買い戻し

シード調達で3回くらいしていて、その後アーリー、シリーズAくらい迄を実施させていただきました。

2015年はシード投資で300~1,000万円が相場感だったので、時代の流れを感じますね。


累計調達額は約2.4億円

うち、投資家としては

  • VC:5社
  • エンジェル投資家:7名
  • 事業会社:1社

という着地でした。


会社を閉じるかの葛藤

具体的に会社を閉じるかを検討したのは、コア事業を終了してから1年程度経過した、2021年8月頃です。

この葛藤に至る要因として大きいのは、ダイリューションと資金調達環境の変化でした。


当時は新事業の立ち上げ期で、キャッシュを燃やしながら事業開発を行っていたので、会社のキャッシュ状況は良い状態ではありませんでした。


資金調達を検討するものの、これまでの資金調達で相当なダイリューションをしていたので、追加の資金調達も難易度が高い状況でありました。


また、創業から約5~6年経過していた当時は、シードの資金調達額もかなりの変化があり、シードで数千万〜億というのも当たり前のような環境となっておりました。


現状の会社で資金調達の難易度が高く、キャッシュの状況も芳しくない、一方で市況のシード投資額が上がっている状態ではありました。


こういった状況を知人の起業家や先輩経営者と話をした際に、会社を潰してしまって、別の会社を立ち上げ直した方が起業家キャリアとしては良いよいね、というアドバイスをしてくれた方もいました。


確かにそのアドバイスも一理はあるので、そういった状況に葛藤を抱えてしまったのは事実としてあります。


それでも、同じ会社でチャレンジを継続した

上記のような状況はありつつも、結果的には同じ会社でチャレンジをするという選択肢をとりました。


自身の利益や合理だけを考えると、解散するという選択肢もありましたが、ここまで一緒にチャレンジを応援してくださっていた株主やチャレンジを共にしている従業員、事業検証に協力してくださっているお客様のことを考えた時に、1個人としての合理性だけで意思決定は出来ませんでした。


株主や従業員を含めたステークホルダーの視点を考えた時に、そのタイミングでの解散は「個人の利益を優先する人なんだな」と映る可能性が高く、長期的な信頼が積み上がらない意思決定だったからです。


また、何よりも僕自身が状況に関係なく、「今いるメンバーやステークホルダーとのチャレンジを継続し、成功の糸口を掴みたい」という想いが強くありました。何者でも無かった自分にお金や時間を投資してくださった全ての方に感謝の気持ちがありますし、その想いを無下にするような意思決定をしたくないという気持ちが強くありました。


状況が苦しかったとしても、それに関係なく如何にして事業を作れるかどうかが起業家としての至上命題ではありますので、

現状に言い訳をせず、且つ利己的な判断のみで意思決定をせずに現状に向き合い、チャレンジするという意思決定をしました。


上記の信頼に紐づく視点ですが、その会社をクローズして、どんな人生を歩みたいかによっても意思決定が変わるかなと思います。


大きな分岐として、会社解散後もまたスタートアップとしてエクイティファイナンスをしてチャレンジをするのか、しないのか、というのがあります。


私の場合は、もし今回失敗してももう一度スタートアップをやりたいという想いがあり、

意思決定の基準としては「もう一度スタートアップをやる時に足枷となるような意思決定はしない」が強くありました。


今回、中途半端な状況で会社をやめた場合、新しい会社を設立したとしても前回のチャレンジをどう終わらせたか?というのは必ず見られます。


そういった視点からも、個人の利益を優先する人間ではなくステークホルダーを含めた全体最適を見極め、リードし、粘り強くチャレンジをする人間でありたいと思い、チャレンジを継続する事を決めました。



最終的なクローズの決め手

自身の心が折れた決め手としては、当時手掛けていた新事業が顧客ニーズに合致するプロダクトとなる迄の時間軸とそこまでに必要なキャッシュを鑑みた時に、

時間軸が合わないという状況となり、追加の資金調達も見込めないというところで、会社の解散を意思決定しました。



投資家コミュニケーション:心理的にキツくても、誠実に対応する

今回はステークホルダーの中でも特に投資家コミュニケーション部分にフォーカスします。



人として真摯であろう

出資をしてくださった投資家に、その出資が無価値になる意思決定を直接報告するのはとても心理的な負担が高いです。

これまで約束していた事を裏切る形になってしまいますし、自身の不甲斐なさも含めこの報告をするのは連絡をするのも躊躇してしまいます。


ただ、それまでの期間を共にしてきたステークホルダーの目線ではどんな結果であれきちんと話をして欲しいと思いますし、イチ起業家として責任を引き受けている以上、期待に応えられなかったという現実から目を背けるべきではありません。

メンタル的にもしんどい状況ではありますが、このタイミングでの投資家コミュニケーションは真摯にやり切るべきだと考えています。


私自身は当時、会社が1つ潰れるくらいで無くなる信頼関係を築きたい株主を入れているのか?と自分に問うた時にそうではなかったですし、

人生であと2〜3回はバットを振るチャンスがあるので、この時の成功確度が高くなる選択肢は残しておく方が合理的だと考えていました。


長期で見た時に人生の期待値が高い事を、勇気と胆力を振り絞ってやりました。



一定、客観的な視野を自分の中に内包する

資金調達をしている中で、株主から大きなリターンを期待されているというプレッシャーから、株主にとってという視点でしか考えられなくなる瞬間もありました。

もちろん、大きな責任を背負っている自覚あってこそですが、過度にそれで歪んだ意思決定を行わないように、以下の視点もメタ的に捉え直すことで過度なバイアスを排除して正常な意思決定が行えるようにと心がけてきました。

  • VCビジネスはべき乗の法則によって成り立つ (一部の投資先によるリターンでファンドパフォーマンスの大部分が構成される構造)
  • ファンドには他にも投資しているスタートアップがあり、ポートフォリオが形成されている

主観だけで見ると自社が抱える責任を大きく見積もってしまいますが、こういった客観的視点も織り交ぜる事で一定気持ち的な余裕は生まれるように感じます。


この辺りを念頭におきつつも、相手にとって誠実だと思える且つ社会通念的に常識とされるラインの誠実さを整理し、実行に移していきました。


実際のコミュニケーションプロセス

まずはリード投資家からメッセージを送り、アポイントを組みました。

このアポイントで話がまとまるまでは、他の方には連絡せずにいた方が良いと思っています。

(話す順番が前後し、図らぬところから話が伝わってしまうリスクを避けるという意味で)


リード投資家と基本方針が合意出来次第、他の株主に一斉にアポイントを取り、直接お話をさせていただきました。

約1ヶ月程度で各社とのコミュニケーションは完了し、その後株主全体でアナウンスをさせていただき、具体的な清算プロセスの整理を開始していきました。



各株主の対応

基本的には全株主、解散について快諾してくださった形になります。


これは先日書いたブログにもありますが、株主としてもそうせざるを得ない物でもあったと思っています。


直接お話をさせていただき「本当に頑張ったと思う」「ナイスチャレンジでした」といった言葉をかけていただいた事を記憶しております。


全株主が心広く対応してくださった事をとても感謝しております。


清算の具体化

各ステークホルダーとの調整が完了し、ここで借入金についての整理を行いました。

借入金の個人保証については、経営者ガイドラインに沿った個人保証の解除交渉が出来るようですが、諸々の条件があるようで僕はそれが出来ませんでした。


また先日のブログにも書きましたが、清算してしまうと個人の借入金となり税負担も大きくなってしまうので、調達額分の繰越欠損金がある法人はそのまま残す、という判断になりました。


この背景も各株主にお伝えをし、承諾いただきました。


自己破産の選択肢は、個人の今後10年の可能性を低減する選択肢であり、数千万程度の借入金を0にする為に行うものではないという判断を元に、行いませんでした。



全株主からの買取

結果私は全株主から買取をしました。


私からの無理を言っての調整となりましたが、皆様応じていただきまして2022年末に買取を完了しております。


清算ではなく、買取という方針とさせていただいた中で、各社様々な調整をしていただいてしまいました。ステークホルダーとして共にチャレンジをさせていただいた事を今でも感謝しております。本当にありがとうございます。



買取における別論点について


直近で相談があった事項について、こちらで記載いたします。


一部株主のみ、買取を進めるという論点もあるようですが、私は基本一律で全株主からの買取をする方が好ましいと考えています。


株主が1人でも残るということはそこにステークホルダーが発生し、エクイティストーリーが付きまとうことになります。


また、買い戻し後も自身と法人が継続して経営を続けていきますので、そこに成長が求められます。


仮に一部の株主が、エクイティストーリー等気にしないよ、という前提で残っていたとしても企業が成長している以上、そこに株式価値の上昇が織り込まれます。


この場合、買い戻しをさせていただいたVC、株主視点での心象を考慮した場合、よくなる要素は1つもないので、全員一律で買い戻しの対応をさせていただきました。


VCのファンド償却期限による買い戻しや別VCへの売却についてはまた別論点かと思います。



清算実務

具体的な清算実務は経験していないので分からないですが、知人に経験者がいるので必要であればお繋ぎします。

また、清算に知識のある弁護士の方等もいらっしゃるかと思いますので、いくらかの資金が残っている場合はそういった方に依頼してしまうのも良いかもしれません。



買い戻し後

買い戻し完了後、心境としてはプレッシャーからかなり解放されたという気持ちでした。

それまでどうしても「リターンを返さなければ」という観点が付き纏っていましたが、そういったプレッシャーがなくなったのは記憶しています。


また、勝手ではありますが、買い戻し後も定期的に元株主への近況報告をさせていただいておりました。


精一杯の努力はしたつもりではありましたが、リターンを出せないことが確定してしまった以上、その上でさらに株主として応援してくださった方々に余計な心配や懸念を抱かせては申し訳ないなと感じ、自身が買い取り後も精一杯前を向いて生きていて、元気である姿を見せて少しでも安心してくれたらと考え、もしかしたら迷惑かもしれない思いながらも勝手ながら定期的に報告をさせていただいております。


これは自身の内なる目標ではありますが、いつかまたこれまで応援してくださった方々に恩返しできるような、投資としてはリターンは出なかったけれど長い投資家人生として捉えたときに、あのタイミングで徳泉という人間に投資してよかったなと感じていただけるように再起していきたいという想いでいっぱいです。


買い戻しにあたっての一連のプロセスについては、自身として一定真摯にコミュニケーションを取らせていただいたと思っているので、後ろめたい気持ちも少なく生きられているので、やってよかったなと思っています。



以上が私の一通りの流れとなります。

今回書き切れなかった点や個別具体の質問等がございましたら、お気軽にご連絡ください。




*サムネ用の弊家の猫画像です。



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